三国志

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張仲景 三国志に登場しない伝説の医聖

三国志を代表する医師といえば「神医」と称された華佗が有名ですが、この張仲景は「医聖」と称され東洋医学の進歩に大きな寄与をした人物として知られています。また歴史書「三国志」には彼に関しての活躍の記述はありませんが、張仲景は自らの治療経験や病気の症状などを詳細に記録した「傷寒雑病論」という書物を書き残しています。一方の華佗はこのような書物を残してはおらず、張仲景の著書を読んだ華佗は大変驚いたという話もあります。今回は歴史の表舞台の裏で多くの患者を救い後の世に大きな功績を残した張仲景について調べていきたいと思います。
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三国志人物伝 第十回 韓浩

中原の覇者となった曹操ですが、その最初のきっかけである「魏武の強」の始まりは百万人近くの元黄巾族の兵士・流民を手中に収めてからだといいます。しかし、同時に食糧不足という問題に直面し、曹操を悩ませました。実際後漢の興平元年(194年)には蝗害と旱魃のため穀物の値段は1石50万余銭にもなり、中原一帯では人が人を食らう状態になっていました。 そんな状況を打開すべく、今回紹介する韓浩は屯田制を曹操に提言した人物です。 この屯田制が後に曹操が官渡の戦いで勝利できた一因であり、「安定した兵糧の確保」の重要性を証明しています。(それでも官渡の際はギリギリの兵糧であったといいますが...。) また韓浩は曹操の右腕であった夏候惇とちょっとしたエピソードがあるので併せて紹介していきたいと思います。
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三国志人物伝 第九回 張紘

張昭と共に「呉の二張」といわれた張紘ですが、どちらかというと孫権とのエピソードが豊富な張昭の陰に隠れがちな彼ですが、初期の孫呉政権設立に大きく貢献しています。また孫策は彼を臣下に加えるべく、彼の下に直々に赴いているのを見ると張紘が大変な人物であることが分かります。 今回は孫一家から信頼され、補弼の任を全うした張紘の一生を覗いてみようと思います。
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三国志人物伝 第八回 阮籍

竹林の七賢といえば魏政権の末期、俗世から離れ酒を飲み、清談を行った集団として有名です。 一般的に彼らは隠者の集団と見られがちですが、ほとんどの者が役職についていました。 しかし、当時は司馬一族が魏の実権を掌握していく過程であり、彼らは世の不正や陰惨な現実に憤りを感じていきます。そして、彼らは次第に俗世から超越した言動と行動を取り始め、自らの命を懸けて世の中への批判表明を体現していくのです。 今回はそんな七賢のリーダー格であった阮籍について紹介していきたいと思います。
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三国志人物伝 第七回 羅憲

蜀の最後と言えば姜維と鍾会の反乱未遂事件が有名ですが、この事件の後、益州が危機的状況であったのを知る人は一部の三国志ファン以外は知らないのではないでしょうか。 今回紹介する羅憲はそんな危機的な状況の中、蜀の武将の面子にかけて孤軍奮闘し、見事益州守り抜いた羅憲について触れていきたいと思います。
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三国志人物伝 第六回 留賛

戦闘中、味方の士気を上げるため軍楽隊が演奏することは歴史上ありますが、まさか指揮官自ら大声で歌を歌い、奇抜なダンスを踊って味方の士気を上げたとなるとこの留賛ぐらいしかいないのではないでしょうか。また性格は質実剛健ですが、癖の強いところをみると根っからの江南人なのが見て取れます。今回はそんな変わったところがありながらも、呉を支えた彼の人生を見ていきましょう。
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三国志人物伝 第五回 張悌

呉最後の丞相である張悌は滅亡の淵に立たされた呉を救うべく自ら剣を取り、迫りくる晋の大軍を相手に命を散らした宰相として有名です。一般的な読み物としての三国志は諸葛亮の死、または蜀漢の滅亡にて幕を閉じますが、彼の戦いぶりと忠誠心を見る限り、呉の最後をもっと描いた三国志の物語が普及しても良いのではないかと思います。今回はそんな亡国と運命を共にした彼に迫っていこうと思います。
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三国志人物伝 第四回 徐邈

英雄豪傑の世界では酒は切っても切れない関係です。 三国志の世界でもそれは例外でなく、有名どころでは張飛や孫権のエピソードなんかがそうで、若き頃の蒋琬なんかも酒でやらかしています。今回紹介する徐邈も酒でやらかした人物です。そんな彼ですが、魏政権においては立派な実績を持つ人物であり、陰ながら諸葛亮の北伐阻止にも一役買っています。今回はそんな彼にスポットを当てたいと思います。
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三国志人物伝 第三回 陳登

曹操と劉備の両者に仕え、二人の英雄から高い評価を得ていた陳登ですが、彼の生涯を見ていると、君主の為というよりも、生まれ故郷である徐州のために一生を尽くしたという感じがします。 そんな地元のために、後漢末の動乱を駆け抜けた男の人生はいかなるものだったのでしょうか。
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三国志人物伝 第二回 劉巴

蜀漢に仕え、劉備、諸葛亮から高く評価された劉巴だが、その持ち前の気位さから劉備に仕えるまで前途多難な生涯を送っている。最終的に尚書令という高位にまで昇進し、諸葛亮たちと共に蜀の政治の一端を担った彼の軌跡を辿っていこうと思う。
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